キリスト教の異端・旧統一教会(家庭連合)問題について
キリスト教の異端の一つと呼ばれる団体に(旧)統一教会という団体がある。
現在は名前を変えて「世界平和家庭連合」というらしい。
韓国人教祖の文鮮明(ブン・センメイ)氏を「再臨のキリスト」と信じる、
キリスト教会の異端である。
続きは以下 ↓
統一教会、
名前を改めて、
今は、世界平和家庭連合。
以前からテレビや新聞等で
「霊感商法」や「合同結婚式」等を行う、
危険なカルト宗教団体として取り上げられてきた。
それを受けて、
教団から信者を取り戻す「脱会屋」と呼ばれる専門の、
キリスト教会の牧師や、
専門の活動家も出て来た。
( 統一教会信者を脱会させるための集会を行うキリスト教会 )
また元信者と一緒になって、
教団相手に訴訟を起こす弁護士たちも現れた。
(統一信者を拉致監禁して棄教させ、訴訟で教団と家族から報酬を得る弁護士達)
令和4年7月8日、
奈良市において、
日本の元総理大臣・安倍晋三氏が白昼、
手製の銃で殺されるという事件が起きた。
戦後最長の期間、
総理大臣であった安倍元総理の白昼堂々の暗殺事件は、
国内外に大きなショックを与えた。
安倍元総理の背後に近づき射殺したのは、
山上徹也という男だった。
彼の両親は、旧・統一教会信者だった。
両親が教団に対して、
多額の献金を行っていたため、
貧しい子ども時代を余儀なくされたのだという。
だから山上徹也被告は、
旧・統一教会と繋がりのある安倍元総理に対して恨みを抱き、
犯行に至った、
という報道が、繰り返しテレビや新聞で流れた。
(旧・統一教会主催のイベントでスピーチする米国のトランプ大統領と安倍総理)
子どもは親を選べない。
親が両親そろっていて、
愛情を持って育てられるのが最も望ましい状態である。
が、しかし、現実には、たびたび、
片親家庭であったり、
保護者がギャンブル依存症や、
アルコール依存症や、
薬物依存症や、
カルトに、のめり込んでいたりする。
そんな場合、
往々にして子どもは、大変な目に遭う。
山上被告も同じような子ども時代を過ごしたのだ、
というようなことが、
連日報道されていた。
報道各社は結論として、
そのような悲惨な子ども時代を過ごさざるを得なかったのは、
カルト宗教団体に両親が入信していたからだ、
と、結論付けた。
そして、旧・統一教会(世界平和家庭連合)への、
断罪キャンペーンを行った。
(安倍元総理の暗殺者ではなく、何故か、旧・統一教会をバッシングする報道 )
新聞もテレビも、
連日、旧・統一教会への断罪キャンペーンを行った。
そして、
それによって国が動いた。
日本政府は、
家庭連合に対して、
宗教法人を取り上げる「解散命令」請求を出した。
それから、
国と教団側とで裁判が争われた。
が、
令和7年3月25日、
東京地裁は、
旧・統一教会(家庭連合)に対して解散命令を出した。
教団側はそれを不服として上告した。
結論は最高裁まで争われる。
これが、いわゆる、旧・統一教会問題である。
異端からの脱会について
「自分は再臨のキリストである」。
このような発言を行う、
旧・統一教会の文鮮明氏とその団体に対して、
危機意識を持つのはキリスト者として当然である。
イエスさまご自身が、
「終りの時代には、多くの者がわたしの名をかたるようになる」と、
仰ったのだから、
ああ、来たか、
と思うのが、
キリスト者として当然である。
もし家族の誰かが、
そのようなカルト宗教団体に入信したと聞くならば、
何とかしてそこから救出してあげたい。
と、
思うのはクリスチャンとしても、
人としても当然のことである。
愛する家族が、
見知らぬ街で壺や印鑑を持って訪問販売を行っている。
そしてある日、韓国へ行き、
初めて出会う見知らぬ異性と突然、
夫婦になる。
それも結婚式は、
集団で、
合同でスタジアムで行う、
という。
得体のしれないカルト宗教団体の奇行に、
身震いしてしまう。
そのうち彼らは、
集団自殺などでも行ってしまうのではないか?
必死になって何とか家族を取り戻したい。
そう思うのは当然のことである。
この危機感から家族は、
旧・統一協会から家族を救い出すために活動する
「脱会屋」と呼ばれるキリスト教会の牧師や、
活動家らを頼るようになった。
山崎浩子さんは、
1984年のロサンゼルスオリンピックで新体操競技で8位に入賞して、
一躍国民的スターになった方である。
1989年、友人を通して旧統一教会の教えに触れ入信。
1992年、母の死をきっかけに教団に紹介された男性と結婚する。
(山崎浩子さん(左)桜田淳子さん(中央))
山崎浩子さんの事を心配した、
姉と叔父夫婦が「会いたい」と言ってきた。
会いに行くとその場で拉致監禁された。
指導したのは二人の牧師であった。
「愛が偽りに終わるとき」の著書の中で、
山崎浩子さんはこの時のことをこう語る。
拉致監禁が始まった。
夜になって叔父たちが到着した。
一周忌を前にお墓の話し合いをするのが目的だった。
しばらくは昔の話しや世間話に花が咲き、
テレビを見ながら談笑していた。
その時、
「ヒロ子ちゃん。
叔父ちゃんたちはあなたの結婚に対してやっぱり納得できないんだよ。
だから、納得のいくまで話し合いたいんだけどね。
場所を変えて話そうじゃないか」
叔父のその言葉は、
それまでの和やかな空気をかき消すかのように、
突然吐き出された。
私は、
一瞬にして変わってしまった姉たちの表情と、
重く緊張した空気で
“そのことを察知した”
(しまった。やられた)
不意にあふれてきた涙が、
私のこわばった頬を、
とめどなく伝う。
(姉たちが“拉致・監禁”をするなんて)
到底信じられないような思いだった。
けれど、これは間違いなく、
統一教会で聞かされた“拉致・監禁”だった。
(174ページ抜粋)
その後、
彼女は監禁施設に移され一か月以上に及ぶ監禁生活が続いた。
○○牧師から、
文鮮明は、「血分け」と称して女性信者に性交渉を強要するのだ」と、
毎日、何度も聞かされた。
彼女は激しく泣いた。
46日ぶりに取材陣の前に現れた浩子さんは、
旧統一教会を脱会する意思を表した。
結婚式を挙げた相手の方とは、
入籍がまだだったためそのまま結婚は破棄する形となった。
拉致・監禁という手段
今利理恵さん。
彼女は神奈川県在住の主婦である。
1997年1月、
川崎市内のファミリーレストランの駐車場で“拉致“された。
夫の智也さんが先に駐車場の車で待っていると、
妻の悲鳴が聞こえた。
レストランから出てきた絵里さんを暗闇から飛び出して来た大人たちが取り押さえ、
そのままワンボックスカーの中に連れ込んだ。
夫の哲也さんは妻を救出しようと車から飛び出すと、
両サイドから二人の男に力ずくで地面のアスファルトに押し倒された。
膝は破れて両足と左手が出血した。
レストランに駆け込み警察に通報するとパトカーが集まって来た。
しかし連れ去った実行犯の中に、
絵里さんの家族がいたことから、
警察は絵里さんの捜索に難航を示した。
この拉致監禁には、
横浜のキリスト教会の牧師と、
群馬のキリスト教会の牧師が関与していた。
閉じ込められたマンションのドアには、
元々付けられていた鍵や防犯チェーンの他に、
二個の南京錠とチェーンが巻き付けられていた。
窓には外から半透明のビニールが張られ見えないようになっており、
トイレのドアも全て鍵は取り外されて、
プライベートな空間は何処にもなかった。
「拉致監禁・その時警察はどう動いたか?」より抜粋。
「牧師が遠隔操作しているのです。
同じマンションの同じ部屋を、
今度は別の家族が使用するように、
繰り返し使っていましたよ。
( 実際に監禁に使われたマンション)
( 監禁現場として使われた実際のマンション )
誰を出して誰を入れるのかの指示を、
牧師が出していました。
私が偽装脱会をしていたとき、
牧師の指示で、
脱会説得に連れていかれましたが、
あんまり鍵が多くて、
マンションのオートロックを解除する鍵を、
鍵束から探し出せずにいました」
(拉致監禁・その時警察はどう動いたか? 11ページより)
牧師達は、
”拉致・監禁“を指導していた。
メディアを利用して虚偽の世論を形成し、
家族に”拉致・監禁“を実行させていた。
牧師たちに教育された家族は、
牧師達と一緒になって、
統一教会と文鮮明へのあらゆる誹謗中傷を行った。
そして絵里さん自身への罵倒と侮辱、
そして脅迫を繰り返し行った。
連日の事に疲労困憊した絵里さんの体重は激減した。
「私が間違っていました」
ここから脱出するためには虚偽の告白をしなければならない、
そう思って告白したが、
それから更に2週間監禁生活は続いた。
そして、
統一教会に反対する活動に参加する事を条件に、
絵里さんは解放された。
監禁生活は5か月になっていた。
解放後、
今井さん夫婦は両親と牧師達を相手取って訴訟を起こした。
しかし刑事・民事共に敗訴した。
フラッシュバックに苦しむ妻と、
家族を守りながら、
長い裁判での戦いで疲れ果てたご主人は鬱病を発症してしまった。
拉致監禁の被害は今も今井家を襲っている。
救急病院の医師も拉致・監禁
小出浩久さんは、
東京都内の救急病院で勤務する内科医である。
埼玉の実家に帰省中、
突然、親族20人に拉致されワゴン車に押し込められた。
「まさか医師を拉致監禁するとは…」。
都内の監禁マンションに現れたのは、
「脱会屋」の異名を持つ「宮村峻(たかし)」と、
活動家らと、元信者達だった。
( 脱会屋 宮村峻 )
突然の拉致監禁に怒り心頭となり、
激しい怒りと、
担当患者への心配が募り、
宮村に言った。
「基本的人権を無視した宗教迫害はやめて頂きたい!」
集まっていた親戚家族一同はそれを聞いて動揺した。
「医者の浩久くんを閉じ込めて良いのか?」
しかし新たに現れた、
全国弁護士会の平田広志弁護士が
「こういう状況が違法であるとは認められない」
と、家族に言った。
( 脱会屋・弁護士 平田広志 )
南京錠で囲われたマンションに監禁されているのに、
これが違法じゃないだと?
弁護士もグルなのか!
小出氏は愕然とした。
監禁中、
脱会屋からの日々の圧力で父親は発狂寸前になった。
小出氏は父親を心配して、
脱会偽装することを決意する。
鎖で囲われた部屋からTBSの「報道特集」や
「週刊誌」に
「元信者」として出演する日々が続いた。
そして小出氏の意思とは別に、
新たに現れた、別の弁護士たちによって、
統一教会に対し、
献金を取り戻す調停が進められた。
また○○牧師と共に、
新たに拉致監禁された、
統一教会信者の脱会強要にも加担させられた。
(拉致監禁された経験を書いた医師の小出浩久さん)
一年にも及ぶ監禁生活を送るある日、
小出氏は脱出に成功した。
小出氏の拉致監禁生活は、
1994年から1996年に及んだ。
卑劣な拉致監禁犯罪を訴えるため小出氏は
「人さらいからの脱出」(光言社)という本を出版した。
拉致・監禁されて棄教。
しかし、監禁中の虐待が原因で、
解放後もPTSDで苦しみ亡くなった
宿谷麻子さん。
初めは純粋な動機だったはず、
1966年から始まった牧師と家族による、
旧統一教会信者への、
拉致して監禁しての棄教説得。
それは、初めのうちは教会堂内での穏便な話し合いが始まりであった。
教会堂内で過ごす期間はだいたい1週間で、
脱会報酬も僅かであった。
しかし回を重ねるごとに過激化していった。
1984年、
宮村峻(たかし)という、
小さな電気工事会社の経営者が活動に加わってから拉致監禁は、
過激さを増していった。
( 脱会屋ビジネスという言葉はこの宮村峻(たかし)氏から始まった。 )
宮村峻は韓国まで出かけて行き、
韓国の主流派キリスト教が、
異端と見なした宗派やグループを批判する際に用いた
「血分け」という根拠のない誹謗中傷の方法を、
日本に持ち帰った。
宮村氏はそれを、
旧統一教会の教祖・文鮮明氏を批判する材料として用いた。
効果はてきめんであった。
神の愛に燃える牧師程、
使命感に燃えて拉致監禁活動に力を入れた。
牧師達の多くがボランティアで活動していたのに対し、
宮村は多額の成功報酬を得ていた。
また、
行き場を失った元信者の女性たちを、
自分の愛人として自分の側に置くこともあった。
( 拉致・監禁して虐待し、強制棄教させた女性を自らの愛人する宮村峻 )
現在、
宮村峻は、
日本共産党と連立を組む、
立憲民主党の、
政策アドバイザーをしている。
( 日本共産党と連立を組む立憲民主党のアドバイザー宮村峻 )
拉致監禁ビジネス
私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。
私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。
あなたはいのちを選びなさい。
申命記30章19節
(その結果は各々が背負うが、どちらを選ぶかは自分で決めるのだ。(モーセ))
これはモーセが約束の地カナンを目の前にして、
イスラエルの民に語った言葉である。
創造主なる目に見えない神を信じ従う道と、
地元のカナンの人々が信じている目に見える偶像の神々と、
どちらを信じ従うかを、
自分で決めなさい。
自分で選び取りなさい、
と、
決断を迫っている箇所である。
( 神さまは強要なさらない。個々に選ばせる。神は人に自由を与えられたから )
聖書を見ると、
神さまにお従いする、
イエスさまを信じる、
という行為は、
もちろん神さまの側からの選びでもあるのですが、
私たちの側も、
それを選び取る、
という決断が求められる。
モーセは決して、
信仰の自由を無理強いをしなかった。
それは聖書の始め、
天地創造の場面でもそうである。
神は、
アダムとエバに、
すべての木の実を取って食べて良い。
だが、しかし、
善悪を知る木の実だけは食べてはならない、
と仰った。
( どれでも食べて良い。でも善悪の木の実は食べるな。(個々に選ばせる主))
しかし、
サタンにそそのかされたエバが、
それを取って食べてしまった。
それで、アダムも
「エバが食べたのなら、自分も死のう」と、
それを取って食べ、
人間に「罪」と「死」の呪いが入った。
その結果が、
私たちが今日もつ、
「罪」という性質と、
老化して病気になって「死」に至る。
という、
実態を発生させたのだ。
ある読者は思うだろう。
神はなぜ善悪を知る木などを、
エデンの園に置かれたのか?
初めからそのような厄介な代物は、
おかなければ良かったのではないか? と。
しかし聖書をよく見てみると、
神の愛と招きは全ての人に向けられているのだが、
が、
しかし、
人は、
それを選び取る、
という行為を、
求められているのだ。
(信仰は、強要されるものではない。自分で選び決断するもの )
神は私たちを愛している。
イエスを信じるなら、
罪が許されて永遠の命を頂く。
そう語られたとしても、
それを聞いた人は、
ある人は
「そうですか。結構です。要りません」といい、
ある人は
「それが本当ならありがたい。私もそれを信じたい」
と、なるのだ。
つまりキリスト教信仰というものは、
人々に信仰を勧めて「招き」という働きをするキリスト教会と、
招かれる世の人々、
という構造になるわけだ。
キリスト教会には、
全世界に良き訪れを伝える「使命」があり、
それは教会にとっては、
返さなければならない「負債」でもある。
そしてそれは、
千年王国においても「同じ」だ。
千年王国の終わりに、
サタンが地の奥底から解き放たれて、
世の人々を惑わすのは、
何故か?
千年王国の間に生まれてきた、
新しい人々も、
自分で、
選ばなければならない、からだ。
(神に従うのか? 悪魔に従うのか? 自分で決める。これが聖書的 )
ということは、
人々に選ばせるのではなく、
拉致して、
監禁して、
「自由になりたければ、キリストを信じなさい」というような
強要や迫害によって改宗を迫る、
という行為は、
聖書的にも、
神学的にも、
神の御心の、
全く逆の立場に、
自分自身を置くことになるのだ。
この話は、
中世のヨーロッパやアメリカの話しではない、
今の日本で、
私たちの祖国日本で、
一部のキリスト教会の牧師たちが、
実際に行っている、
犯罪なのだ。
そして、
他の多くのキリスト教会は、
それを見て見ぬふりをしてきた。
とするならば、
これは、
日本にある、
全てのキリスト教会の罪でもあるのではないか?
統一教会はカルト宗教なのだから、
信者に対して我々は何をしてもゆるされるのだ。
我々が彼らを救い出すのだ。
その「緊急保護」の一環として、
「拉致監禁」を行っているのだ。
しかし、
棄教しても信用できない。
踏み絵として、
旧統一教会に「損害賠償請求」を行わせるのだ。
弁護士を用意せよ。
訴訟を手伝わせよ。
協力しなければ「監禁を解かない」と脅せ。
こうして教団から勝ち取った、
多額の賠償金。
そして家族から得た多額の成功報酬。
それに味を占めた多くの弁護士や活動家らは、
信者の家族を探し出して、
脱会(拉致監禁)の話を、
キリスト教会の牧師や家族らに
持ち掛け続けた。
こうして、
この非道な
「拉致監禁」は、
50年以上も野放しにされたのだ。
これが「拉致監禁ビジネス」という日本国内で行われ続けた、
恐ろしい人権侵害ビジネスだ。
(近年、国会でも取り上げられるようになった信者に対する拉致監禁問題。)
(拉致監禁され棄教を強要。近代国家ではありえないことが今の日本に現実にある)
神から紙へ
日本のキリスト教会は、
いったいどうしてこうなったのか?
これでは中世の堕落した教会と、
何ら変わらないのではないか?
( 牧師や神父は絶対正義。彼らにレッテルが張られると、冤罪でも死刑になる。)
1966年から始まった「拉致監禁ビジネス」は、
2015年を堺に急激に減り始めた。
12年以上拉致監禁されていた後藤徹さんの訴えが認められ、
脱会屋にも牧師達にも、
総額2200万円の賠償金の命令が出たからだ。
( 信者を拉致して監禁して棄教を迫る、このような行為は犯罪と認められた。)
脱会屋と牧師達が、統一教会信者を拉致監禁して改宗を迫る、
拉致監禁ビジネスを「辞めた」のは、
裁判で争うと負けるし、
逆に賠償金を払わなければならない、
と分かったからだった。
つまり、
彼らは、
崇高な思いで「拉致監禁」を行っていたのではない。
サイドビジネスとして、
金儲けの手段として、
「拉致監禁」犯罪に、
実を染めていたのだ。
( 牧師や、活動家らによって、12年5か月間拉致監禁されていた後藤徹さん)
なぜキリスト教会が、
このような犯罪に加担したのか?
もちろん初めは、
「救われて欲しい」という純粋な動機から始まったのだろう。
そこに活動家の宮村峻が介入してきての影響があったのだろう。
しかし、
一番の原因は、
過激な報道の影響だったのではないか?
テレビが、
旧統一教会を叩くと、
それと連動してキリスト教会は拉致監禁活動を行っていった。
新聞が、
旧統一教会を叩くと、
それと連動してキリスト教会は拉致監禁活動を行っていった。
芸能人の桜田淳子は、
旧統一教会の信者だ!
合同結婚式で結婚した!
ゆるせない!
統一教会は危険なカルトだ!
誰かが救出しなければ!
誰か!
聞いているか~?
犬笛が、
鳴るのである。
( 合同結婚式で出会った男性と、記者会見に臨む桜田淳子さん )
そうやって加熱した報道が出ると、
牧師達は連動して、
拉致監禁を行った。
つまり日本のキリスト教会は体質として、
テレビが言うのだから間違いない。
新聞が言うのだから間違いない。
という
「テレビ教」
や「新聞教」に、
いつしか、
変形してしまっていた、のではないか?
自分たちは、
新聞や、
テレビ報道と、
同じ価値観で活動している。
だから神の側に立っているのだ。
正しいのだ、
と、錯覚してしまっていたのではないか?
新聞は「神」ではない。
新聞は「紙」だ。
テレビも「神」ではない。
テレビは「CM」だ。
嘘も言うし、
間違いも犯す。
朝日新聞の記者、
吉田清治などは、
憶測に基づく記事を書いて、
嘘をでっち上げて、
日韓関係を悪化させてしまった。
( 朝日新聞の捏造記事を信じて、韓国に謝罪しに行った日本の牧師達 )
(牧師が謝罪したのだから吉田証言は真実だ!と、韓国では反日デモが起きた )
後に朝日新聞は、
捏造を謝罪したが、
今なお、
日韓関係を隔たる壁の、
原因の一つになっている。
新聞は「神」では無く「紙」なのだ。
新聞は神では無い。
新聞は紙なのだ。
新聞社やテレビ局の後ろには、
必ず大きなスポンサーが存在するのだ。
聖書が神の言葉なのだ。
( 神の言葉の後ろには、全知全能の神が存在する )
キリスト者とは、
またキリスト教会というものは、
その主なる神さまの、
声なきお声を聞くために、
み前にぬかずんでゆく存在、
で、あるハズなのだ。
それなのに、
いつの間にか、
新聞紙の前にぬかづんでいる。
テレビの前に、
ぬかづんでいる。
いつの間にか、
日本の教会は、
そんな堕落した教会に、
なってしまっていたのではないか?
これはもはや、
偶像礼拝の罪ではないのか?
目に見えないまことの神では無く、
目に見える、
新聞紙やテレビ画面を見て、
そこから流れて来る、
心地いい話を聞いて、
キリストの花嫁なる教会は、
教会の活動方針を決めていたのではないか?
(テレビに踊らされる宗教指導者)
( テレビに洗脳される宗教指導者 )
その結果が、
神の御心とは全く逆の立ち位置に、
自分たちの教会を、
置くことになってしまったのではないか?
これは、
すべてのキリスト教会への、
警告なのではないか?
( 空中の権威を持つサタン )
謝罪と和解へ
『さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、
彼が目を上げて見ると、
見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、
彼の前方に立っていた。
ヨシュアはその人のところへ行って、
言った。
「あなたは私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」
すると彼は言った。
「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」
そこで、
ヨシュアは顔を地につけて伏し拝んだ。
ヨシュア記5章より。
ヨシュアは御使いを見て、
「あなたは自分の敵か?味方か?」
と、問うと、
御使いは、
その問いには答えず、
「わたしは万軍の主の将として来た」
と、言った。
自分が、何者であるか、
ということをヨシュアに告げるのである。
するとヨシュアは、
全てを「察して」「悟った」。
彼は即座に「理解」した。
神は自分の味方なのか?
敵なのか?
という問いは、
信仰者としては愚の骨頂である。
私が「神の側」に立てているだろうか?
それとも神の御心とは
「真逆の側」に立っているのだろうか?
神の御声を聴き、
そのお言葉に従えているだろうか?
これこそが、
真の信仰者の姿勢である。
これを読者に語りかけているのが、
この聖書個所である。
自分には自己決定権がある。
自分の考えは神の考えである。
自分の判断は神の判断である。
自分の言葉は神の言葉である。
この高慢さを、
私たちは常に持ちやすいのではないか?
ヨシュアは200万人ものイスラエル難民を率いて、
多くの決断を迫られる立場にいた。
大変なプレッシャーだっただろう。
しかし神を信じる者にとって、
最も重要なことは、
生ける神の御声を聴き、
そしてそれに従う、
という行為だ。
聴き従うことは、
生贄(いけにえ)に勝るのです。
(第一サムエル15:22)
新聞紙に、
何と書かれようが、
テレビ画面が、
何と言おうが、
神は、
私に
「何」と仰っているのか?
主よ、
私は何を、
どうすべきですか? と、
神の御前にひざまずいて出て行くことが、
まことの教会であり、
まことの牧師の姿勢だと、
この箇所は私たちに伝えているのだ。
この、
生ける神の、
声なきお声を、
教会がいかに聴いて来なかった。
という結果が、
神の教会をして、
拉致監禁という
「犯罪」を起こさせてきた原因なのではないだろうか?
( 魔女狩りに加担して来た日本のキリスト教会 )
今、
私たちキリスト教会が、
先ず、
成すべきことは何か?
「あやまる」ことではないだろうか?
悔い改めて、
悔い改めにふさわしい「実」を結ぶこと、
ではないだろうか?
キリスト教会によって被害を受けた、
旧統一教会(世界平和家庭連合)に対して、
「ごめんなさい」と、
謝ることではないだろうか?
私たちの教会は拉致監禁等は行っていない。
だから責任は無い。
関係はない。
と思われる牧師や、
教会もあるだろう。
気持ちは分かる。
しかし日本のキリスト教会の一部が、
旧統一教会信者を、
拉致して監禁していたという噂は、
かなり以前からあった。
「異端者を拉致して、監禁して、マインドコントロールを解いてやったよ」
そう笑いながら自慢する牧師を、
牧師をしている者なら、
一度は見たことはあるのではないか?
なぜその時、
我々は、
それを止めなかったのか?
なぜ?
それが、正しいことだと、
思っていたからではないだろうか?
私たち日本のキリスト教会は、
報道メディアを鵜呑みにして、
善悪の区別が、
つかなくなってしまっていたのではないか?
テレビや新聞は、
スポンサーのために記事を書き、
スポンサーのために報道する、
プロパガンダ機関だ。
( 創価学会の池田大作名誉会長と、中国共産党の胡錦濤国家主席 )
( テレビや新聞の裏には大スポンサーがいる )
( 報道機関には、事実とは異なる事実を伝えることが出来る )
だからNHKから国民を守る党の、
立花孝志議員は、
テレビの党首会談で、
「テレビは国民を洗脳する装置だ」と、
叫んだのではないか?
( アメリカのトランプ大統領も、テレビに洗脳された人物に銃撃された )
我々日本のキリスト教会は、
自らの罪を認める時が、
来ているのではないか?
日本の国家的大リバイバルへ
が、しかし、今、
日本のキリスト教会に、
回復するチャンスがやって来た。
第二歴代誌の7章にはこうある。
『わたしの名で呼ばれているわたしの民が、
自らへりくだり、
祈りをささげ、
わたしの顔を慕い求めて
その「悪の道」から立ち返るなら、
わたしは親しく天から聞いて、
彼らの罪を赦し、
彼らの地を癒やす』
と。
「悪い道」とは、
日本のキリスト教会が、
戦後から犯し続けてきた4300件にものぼる、
拉致監禁事件の事ではないか?
異端者を見下す。
彼らに対して我々は、
何をしても、
赦される。
(断罪して人々を苦しめる中世のキリスト教会と、今の日本の教会は同じでは?)
そういう態度や高慢さこそが、
神の忌み嫌われる行為であり、
態度ではないか?
それが私達の中の「悪の道」
なのではないか?
願わくば、
この寄稿を呼んだ牧師や、
また兄弟姉妹が、
自分たちの非を認め、
旧統一教会(家庭連合)の方々へ、
謝罪する勇気が与えられますように、
と、お祈りする。
日本の国家的な大リバイバルは、
その先に有ると、
私は信じる。
最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
あなたに神さまの祝福がありますように。
アーメン
ハーフ牧師
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どんどんお願いします。