ハーフ牧師がゆく 39話

大阪に釜ヶ崎という労働者の街がある。

いや、一般的には「ドヤ街」というほうが、正しい。

ドヤ街のドヤとは宿(ヤド)の逆さ読みである。

 

戦後の経済復興を支えるため

全国から労働者が東京や大阪のドヤ街に集まった。

そして現在、

ここは職にあぶれた高齢者が暮らすホームレスの街、

貧民街となっている。

 

故郷に帰るに帰れない人々が暮らすドヤ街に、

「故郷の家」というカトリック教会がある。

 

「プロテスタント教会の神学生です。

 勉強させて頂きたくお尋ねしました。」

本田哲郎という神父が快諾してくれて、

中で説明を受けた。

「午前3時に教会で集合ね」。

ということで私は自分の宿を探してドヤ街を歩いた。

一泊1500円の高級?の宿に今夜は泊まることにしよう。

何と狭い(汗)。

ここで人が暮らせるのか?

これでは独房ではないのか?

少し眠って宿を出た。

冬の大阪はとても寒い。

午前3時、教会に着いた。

もう一人神父が加わって、数名のシスターも加わった。

「じゃぁ、行きましょうか」。

 本田神父の声で、

 真夜のドヤ街に歩き出した。

「大丈夫~?」

「…おお、キリストさん」。

本田神父がニッコリ笑う。

一人のシスターがポットから温かいお茶を出して差し出す。

温かいお茶を飲み、

喜んでいる。

もらったおにぎりは大事そうに握りしめている。

「おおきに。 おおきに。ほんまにおおきに」。いつまでも見送っていた。

しばらく歩いていると、

西成警察署の前に来た。

寝込み強盗を恐れて多くの路上生活者は警察署の前で眠ていた。

「ちょっと警察呼んできて」

「はい」。

一人の神父が警察署にかけていった。

声かけをしても返事の無い男性。

もうすでに息を引き取っていた。

 

みなでしばらく祈りをささげた。

警察官がやって来て後を任せた。

日本の高度経済を支えた名もなき人々。

 

その彼らが人生の終わりをドヤ街で過ごす。

そしてその生涯を終える。

これは間違っている。

これじゃ可哀そうじゃないか。

寂しいじゃないか。

家族はどうしたんだ?

どうして故郷に帰らなかったんだ?

 

悲しい気持ちで教会に着いた。

見上げると、

そこにこう書いてあった。

「故郷(ふるさと)の家」。

涙が流れた。

主イエスよ、来てください。

ハーフ牧師がゆく

つづく…