「ペレストロイカ?」
「砂川兄弟、ペレストロイカって何ですか?」
新学期を迎えて、
私も2年生になった。
私に後輩が出来たと言っても、
みんな私より年上である。
ペレストロイカ?
共産主義国の大国ソ連が、
経済崩壊を起こし、
国家を立て直そうと、
民主化を目指す試みである。
共産主義(コミュニズム)とは、
人権を無視する、
非常に劣った政治体系である。
なので滅びゆくのは当然である。
そんな論調が新聞でも、
学院内でも話題になった。
そんなある日、
大阪の教会で副牧師をしていた杉山先生が、
埼玉の教会に招聘されることが決まった。
私は転校せずに、
そのまま生駒聖書学院で学ぶことになった。
しかし奉仕教会は、
奈良県天理市にある、
神の愛キリスト教会に転解する事になった。
奈良県天理市といえば、
天理教という新興宗教の町である。
市役所も警察署も、
小中学校も大学も、
全て天理教のシンボルカラーである
「黒」を帯びていて、
「天理教」と書かれた「はっぴ」を着た人たちが町を歩いていた。
不思議な町である。
「偶像礼拝に満ちた奈良の町の人々に、まことの神さまイエスさまを伝えねば」
と、
アメリカからやって来た宣教師・ジョン・キャスカート氏は、
自費で教会堂を駅前に立てた。
そして彼自身は普段は大工仕しながら、
牧師をしていた。
その「神の愛キリスト教会」が、
私の次の奉仕教会となった。
職業に従事しながら牧師として伝道するジョン・キャスカート牧師。
彼の生き方は、
後の私の生き方に大きな影響を与えた。
本国からの支援が無くても、
大工をしながら、
無教会の町々に教会を立てる。
生駒聖書学院創立者、レオナルド・ダビデ・クート牧師の孫だけある。
教会の礼拝には20名程が出席していたが、
アットホームな素晴らしい教会だった。
彼を慕って、
アメリカから、
宣教師夫婦二組が天理の町にやって来た。
日本語ペラペラのジョン先生。
一生懸命日本語を勉強する宣教師たち。
みんなで一緒に天理の町で伝道した。
ある日、
ジョン先生が教会のテレビの前に宣教師達と神学生(私)を呼んだ。
「中国が今、
民主化しようとしています。
天安門で、若者たちが民主化を目指してデモを行っています。
みんなで応援に行きませんか?」
みんな即決で同意した。
私も「行きます」と返事をした。
ハーフ牧師がゆく つづく







